経営法務
優秀な人材になるべく退職させないための制度の良し悪しについて
①海外(国内)留学費用を当社が立て替え、留学後一定期間当社に勤めたら、留学費用を免除するという制度、
②賞与の支給の際に、支給日から3か月以内に退職する予定がないことを支給の条件とする制度、
③入社時にまとまった金額を支払い、一定期間内に退職しなければ返還を求めない制度、などです。
制度に問題がないか、問題があるとしたら解消策が無いか、教えて下さい。
1 退職の自由を奪うのは問題です
人材を確保するため、各社では様々な従業員の引き留め策が検討されています。
ですが、労働者の退職の自由を奪うような制度は、労働基準法16条の趣旨から無効となる可能性があります。
労働基準法16条は、「使用者は、労働契約の不履行について、違約金を定め、または損害賠償額を予定する契約をしてはならない。」と規定されており、金銭によって労働者の退職の自由を実質的に制限する足止め策を禁止する趣旨の条文です。
このように、労働者に先行して経済的利益を与え、約束の期間働かないと利益の返還を求める制度は、労働者の退職の自由を奪うので、労働基準法16条に反し、無効になる可能性があるのです。
2 裁判例ではどうなっているか
裁判例を見ると、①(留学制度)③(入社時支給)の制度について、労基法16条に反して無効としている例が多数あります。
他方、少数ですが、退職の自由を不当に制限しないとして、労基法16条に反しないとしている裁判例もあります。
労基法16条に反しないとされた事案では、㋐留学・研修に行くことが労働者の自由な意思に委ねられている、㋑留学・研修内容が会社業務と関連性が無い、㋒労働者個人にとっての有用性がある、㋓会社に拘束される期間が短い、㋔返還金額が小さい、等の事情から、退職の自由を不当に制限するものではないとされています。
3 問題点を解消するために
労基法16条に反しないとされた裁判例を踏まえ、問題点を解消する方法を考えてみます。
まず、どの制度であれ、㋐応募が労働者本人の自発に委ねられている、㋑会社業務と関連のない内容の選択が許されている、㋒労働者の汎用的な技能の向上につながる、㋓長期の在籍を求めない、㋔費用の一部返還に止める、等の考慮がされたら、労基法16条違反のおそれは減るでしょう。
ただ、②(賞与返還)のように、賞与を受け取った労働者がその後3か月間退職できなくなるような制度は、労基法16条の趣旨に反し、有効とする余地は無いと思われます。
また、③(入社時支給金)は、各種文献を見ても、有効としている裁判例が見当たりませんでした。よって、上記のような考慮があっても無効となる可能性が高いです。
以上、先に労働者に利益を与えて退職を回避するのは大変難しい、ということをご理解頂きたいです。
月刊東海財界2024年5月号掲載
※記事が書かれた時点の法令や判例を前提としています。法令の改廃や判例の変更等により結論が変わる可能性がありますので、実際の事件においては、その都度弁護士にご相談を下さい。