労働審判・団体交渉に関するQ&A:経営法務 記事一覧

フリーランス新法に対応するため何をするべきですか?

私の会社では、多くのフリーランスと業務委託契約を結んでいます。昨年、フリーランス法が施行されたと聞きました。
①大まかにどのような新ルールがあるのか、教えてもらえませんか。また、
既存の契約書をいつ・どのように変えたらよいでしょうか。

1.フリーランス法の新しいルール

2024年11月1日に施行された特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律(フリーランス新法)は、フリーランス(個人事業主や従業員がいない法人)と企業との間の取引の公平性を確保するための法律です。
建設業の一人親方にも適用があるなど、法律が適用される範囲が広いため、注意が必要です。主なルールは以下の通りです。

(1)取引条件の書面明示
企業は、フリーランスに業務を委託する際、書面またはメールで以下の取引条件を明示する必要があります(同法第3条)。
【明示する取引条件】
契約当事者の氏名・名称/契約締結日/業務内容報酬額支払期日/支払方法/納期/業務実施場所/検査基準 

なお、口頭のみでの条件提示は認められません。

(2)報酬の支払期日
報酬は、フリーランスが業務を履行した日から60日以内に支払う必要があります(同法第4条)。

(3)禁止行為
1か月以上の期間行う業務委託の場合、禁止される行為があります(同法第5条)。
【禁止行為】
受領拒否(正当な理由なく給付の受領をしない)/報酬減額(報酬を勝手に減額する)/不当返品(フリーランスに責任がない返品)/買いたたき(市場価格より著しく低い報酬の強制)/購入利用の強制/不当な利益提供要請/不当な給付変更・やり直し

(4)6か月を超える継続的な契約の追加義務
6か月を超える継続的な契約では、以下の追加義務が課されます。
【追加義務】
育児・介護を行うフリーランスへの配慮(業務時間の調整)/ハラスメント対応/中途解約時の30日前予告 

2.契約書の改定時期と方法

では、フリーランス法に対応するため、契約書をいつ、どのように改定すれば良いのでしょうか。

(1)改定時期
新規契約の場合は、当然ながらフリーランス新法に対応した契約書を最初から使用して下さい。
既存契約については、2024年11月1日以降の更新時新たな業務委託時に法が適用されます。更新時に法令に適合した契約書に改定するか、新たな条件通知を行う必要があります。

(2)改定の方法
契約書を改定する場合は、取引条件(業務内容、報酬額、支払期日など)を明記し、支払期日は「業務履行日から60日以内」と設定して下さい。また、報酬の不当減額や不当な返品を防止する条項(禁止行為に関する条項)を追加することをお勧めします。

3 まとめ

フリーランス新法により、取引の透明性が強化され、フリーランスの保護が図られています。法律に違反しても、監督官庁からの命令等に背かない限り罰則はありませんが、率先して同法をきちんと守ることにより、フリーランスと強い信頼関係を築くことができますので、貴社にとってもメリットがあると考えます。

月刊東海財界2025年6月号掲載

取引先からのハラスメント、無策はダメ

私はホームページ制作会社を経営しています。

女性従業員のAさんに、お得意先のY社を担当してもらっていたところ、Y社の男性担当者Bさんから、何度も食事に誘われている、最近は交際も迫られている、やんわりと断っているが取引中止も匂わされている、と相談がありました。

Y社は、古くからの得意先なので、どうすればいいか悩みます。会社として何か対応すべきでしょうか。また、具体的に何をすれば良いでしょうか。

1 某テレビ局の対応

某テレビ局の事案が世間を騒がせていますが、従業員が被害を受けているのを把握しながら、会社が何の対応もせず放置していると、経営トップの責任問題にも発展しかねない時代となりました。
上記事案では、会社は、当事者に事情聴取すらせず、漫然と出演番組を継続するなど、適切とは言い難い対応をしたことで批判を浴びました。
企業は、従業員が取引先等から被害を受けた場合に、いかなる対応をするべきでしょうか。

2 適切な対応

(1)初期対応
男女雇用機会均等法11条1項では、事業主は、職場内のセクハラについて、労働者からの相談に応じたり、適切に対応するために必要な体制を整備する等の措置を講じなければならないと定められています。

そして、厚労大臣は、事業主向けの指針(以下「セクハラ指針」といいます。)を定めることが規定されており(11条4項)、令和2年に最新のセクハラ指針が公表されています。

上記セクハラ指針では、他事業者からのセクハラにも対処しなければならないと明確に指摘されています。

初期対応としては、Aさんから何があったかを事情聴取する、Aさんを担当から外し、必要に応じてメンタルケアを行う、等が考えられます。

(2)取引先への協力要請
セクハラ指針では、他の事業者によるセクハラに対して、①他の事業者に事実確認への協力を求める、②他の事業主に再発防止に向けた措置への協力を求める、ことが必要だと指摘されています。
協力を求められた業者側もこれに応じることが、法11条3項で求められています(ただし努力義務です。)。
今回の事案では、事実確認の上、Bさんの行動が悪質ならば、Y社に対してBさんに対する聴取への協力を求めるべきでしょう。あるいは、BさんをX社の担当から外すことを求める必要があるかもしれません。

(3)加害者への処分の検討
Y社としても、事実が確認されれば、Bさんへの懲戒処分を検討しなければならないでしょう。その際は、Y社は自らBさんを事情聴取し、事実確認するべきです。
というのも、懲戒処分をするのに十分な調査をしないのは、後日争われるリスクがあるからです。
これに対し、Y社が何ら措置をとらず、不合理な対応に出る場合は、X社はY社との取引中止も検討するべきでしょう。
 

3 最後に

某テレビ局の事案でも、初動を誤らず、従業員を守る対応をしていれば、経営陣の退任、スポンサー離れなどの重大な事態を招くことはなかったのではないでしょうか。波風を立てないことが暴風雨を招いた典型例ではないかと感じました。

月刊東海財界2025年4月号掲載

取引先が代金債権を譲渡してしまったが、納得できません

私は名古屋市内で工務店を営んでいます。
ある商社(A)から、建材を仕入れておりましたが、その商社が夜逃げをしてしまいました。その直後、関東の金融業者(B)から、商社Aの債権を譲り受けたとして、建材の未払代金を払えと連絡がきました。Bによると、債権譲渡登録がされているようです。

未払代金は300万円なのですが、実は、納品された建材の大半は壊れていて、200万円分は使いものになりませんでした。

金融業者からは、300万円全額をとにかく払ってほしい、後は商社と協議して200万円の返還を求めればいいではないか、と言われています。納得いきませんが、どうしたら良いでしょうか。

1 まず本当に債権が譲渡されたのか確認しよう

最近、債権の買取業者が増えてきたため、倒産間際に、金融業者に債権譲渡がなされるケースも多くなりました。そのため、【質問】のような相談も増えています。

債務者の立場からすると、見ず知らずの業者から突然債権を支払えといわれても戸惑ってしまい、どうしたらいいか、分からないと思います。
ですが、まずは、本当に債権が譲渡されたのか、しっかり確認しましょう。

具体的には、債権を譲渡した商社Aの代表者に連絡がつくなら連絡して、本当に債権譲渡したのか、確認しましょう。

また、債権譲渡の証拠があるのかも確認します。例えば、商社Aからの債権譲渡通知書があるか、債権譲渡登録が法務局でされているのか、などです。
債権譲渡の証拠があるか心配ならば、弁護士に相談して判断を仰いで下さい。

2 譲渡によって不利益をこうむることはない

本当に債権が譲渡されていた場合、新しい債権者には、以前の債権者に主張できたことは主張できるのでしょうか。本件でいうと、建材の大半が壊れていたのですから、代金減額が請求できる筈ですが、金融業者Bにも対抗できるか、です。

これについては、債権譲渡によって落ち度のない債務者側が不利益をこうむるのはおかしいため、民法468条では、「譲渡人が譲渡の通知をしたにとどまるときは、債務者は、その通知を受けるまでに譲渡人に対して生じた事由をもって譲受人に対抗することができる。」と規定されています。

今回の事案でいうと、債権譲渡があったとしても、商社Aに主張できた代金減額請求を金融業者Bにも主張できることになります。

3 商社Aに代金減額の意思表示をすること

ただ、注意が必要なのですが、代金減額のために必要な手続を忘れずに行う必要があります。

本件では、建材の大半が破損していたので、適合品を引き渡すよう求め、引き渡さない場合には代金の減額を請求する(民法563条)通知を商社Aに行う必要があります。
これを速やかにやらないと、代金減額の請求ができなくなる可能性があるため、しっかりチェックしたいところです。
 

4 最後に

債権譲渡されても、慌てず、本当に債権譲渡されたか確認し、従前主張できたことはきちんと主張し、契約の相手方にしかるべき手続をとっておけば、問題がありません。ただし、やや法律関係が難しいので、弁護士に相談しておくのが無難です。

月刊東海財界2025年5月号掲載

パワーハラスメント対策では具体的に何をしたらよいですか?-1

当社は、従業員20名程度の会社ですが、当社のような規模の会社でも、パワハラ防止対策をしなければならない、と法律で決まっていると聴きました。
当社としても、人手不足が慢性化しており、パワハラで従業員が退職するのも困るため、必要な対策はとっておきたいです。具体的に何をしたらいいか、教えて下さい。

1 令和4年4月1日からパワハラ防止措置が義務化
令和4年4月1日から全企業にパワハラ防止措置が義務化されています。しかし、罰則が無いため、対策をしていない企業も多いです。
何も対策していないと、厚生労働省から指導・勧告を受けたり、社名公表等の不利益を受けますし、何よりパワハラを未然に防げません。
今回は、具体的にパワハラ防止措置として「何をしたらいいの?」ということで、すぐできそうな項目を説明します。

2 結局、何をしたらいいのか?
防止措置は全部で10項目あります。多いですが、簡単に実行できるものもあるので、できるところからやっていきましょう。

①会社として、パワハラを許さない!を全従業員に周知する。
パワハラが発生したら厳正に対処する!という会社の立場を明確にし、従業員に周知します。
周知のための文例は「パワーハラスメント対策導入マニュアル第4版」p59(厚労省HPを検索。)に載っていますので、これを活用して全従業員にメールや掲示等で周知します。

②相談窓口を設置する
パワハラを相談できる窓口を設置します。ごく小さい会社なら担当者は社長でもやむを得ないですが、事務長、人事・法務担当者、場合によっては外部の弁護士等に窓口になってもらいます。窓口について、窓口先、時間、担当者名、連絡先、相談方法等、を周知させます。
窓口担当者は、プライバシー等配慮するべきこともあるため、厚労省HP「あかるい職場応援団」等で研修させましょう。

③相談を理由に不利益な取扱いをしないことを定める
従業員に安心して相談してもらうために、「相談をしても不利益な取扱いをされることはないこと」を明確に規定し、従業員に周知することが必要です(③)。
以上、①②③の周知は、メールや掲示でまとめて行えばすぐできます。

④パワハラ防止研修を実施する。
従業員のパワハラに関する理解を深めるために、パワハラに関する研修を実施することも必要です。
独自に専門家に依頼して研修を行うことが理想的ですが、お手軽にやろうとすれば、厚生労働省が公開している動画やテキストを活用するのが楽です。一例ですが「あかるい職場応援団」等のHPを活用すると良いでしょう。

⑤就業規則等にパワハラの禁止とパワハラをした場合の懲戒規定を明記する。
パワハラをしてはいけないこと、どのような行為がパワハラに該当するか、パワハラをした場合は懲戒処分の対象となること、処分の内容の記載が必要です。
社労士さんに就業規則を修正してもらうか、自分で修正するなら、厚労省HPの「ハラスメント防止に関する就業規則規定例(パワハラ入)」をそのまま導入すれば良いでしょう。

その他、パワハラが発生した後の処理について、⑥パワハラが発生したら迅速かつ正確に事実確認を行う、⑦当事者のプライバシーを保護する、⑧被害者への適切なフォローを行う、⑨必要に応じて加害者に対する懲戒処分等を行う、⑩再発防止のための対策を行う、等がありますが、紙幅の都合上、次回にご説明したいと思います。
パワーハラスメント対策では具体的に何をしたらよいですか?-2」へつづく

月刊東海財界2024年7月号掲載

変更した就業規則が有効でないことがあるのですか?

当社は、繁忙期と閑散期があるので、残業代を抑えるために1年単位の変形労働時間制をとっています。また、1か月に15時間分の固定残業代制度も採用しています。
これらの制度は、10年前に就業規則を変更して正式に導入したのですが、15年前から働いているある従業員Xさんが突然残業代を請求してきました。

就業規則に従えば、残業代は一切支払う必要が無いのですが、Xさんは現在の就業規則は無効だから、多額の残業代が発生すると主張しています。
変更した就業規則が有効でないことがあるのですか。

1 就業規則を変更する場合の注意点
労働条件を変更するために就業規則を変更することがありますが、きちんとした手続をとらないと変更後の就業規則が有効とならないことがあります。

まず、①労働者にとって有利な就業規則の変更は有効です。労働者に不利益は無いからです。

また、②労働者にとって不利益でも、適用を受ける労働者が個々に同意している場合も有効です。同意していれば無効としなくても良いだろうということです。但し、労働者が自由な意思に基づいて同意をし、そのことが客観的に明らかといえる同意書を取得することが必要であり、具体的にどのような不利益を受けるのか丁寧な説明をし、労働者が納得して同意したことを証拠として残す必要があります。

③労働者にとって不利益で、同意も無い場合でも、その変更が合理的であれば、有効になる場合がありますが、労働者の不利益の程度、労働条件の変更の必要性・相当性、労働者側との交渉経緯、等を総合的に判断するので、とても難しいです。

今回の事案ですと、変形労働時間制や固定残業代制を導入することで、労働者が不利益を受けるか、受けるとして、ちゃんと同意をとったか、あるいは変更の合理性があったか、が大事です。
手続がいい加減だと、変更後の就業規則が無効になることもあります。

2 規則を周知しましたか?
仮に就業規則の変更が許される内容であったとしても、それを従業員に周知していないと効力がありません。
周知していなかったために、就業規則の効力が否定され、敗訴した事案も多数あります。
したがって、従業員への周知は不可欠です。

たとえば、メールで全従業員に配布する、就業規則を誰でも見られる場所に置いて、その場所を知らせる、などの措置をとり、その旨の証拠を残す必要があります。

3 従業員代表の意見聴取
就業規則の中でも変形労働制をとるときなどは、従業員代表との労使協定が必要であったりします。
このような場合、適当に従業員代表を決めてしまっていると、無効になる場合があります。

民主的な方法(例:従業員が挙手で多数決をとる等)で決めていないために、変形労働時間制が否定された裁判例もあります(大阪地裁令和2年12月17日判決)。
よって、従業員代表を民主的に決めた過程も証拠に残すなどするべきでしょう。
 
4 結論
今回のご相談に即して言うと、就業規則の変更時に新規則の合理性の検討や同意書の取得、周知手続、従業員代表の適切な選出があれば有効ですが、いい加減だと無効になる可能性があります。生兵法は怪我のもとであり、社労士さんにも相談してしっかりと変更の手続を行いましょう。

月刊東海財界2025年2月号掲載

メンタルの不調を抱えた従業員への対応

従業員Aさんは、経理の仕事をしていますが、家族間のいざこざでメンタルの不調を抱え、度々休みをとり、経理の仕事が滞っています。

頻繁に休むので、Aさんに産業医に面談してもらったところ、産業医からは就労は難しいとの意見が出ました。
会社としては、Aさんに休職を検討していますが、Aさんは生活できないと休職に抵抗しています。どう対応したら良いでしょうか?

1 一定の調査を経て休職をさせること
会社は、Aさんに、産業医や会社指定の医師の診察を受けてもらって医師の見解を求めるべきです。場合によっては、Aさんの主治医に面談して見解を確認しましょう。Aさんが就労可能か否か調査します。

ここで就労不可ならば、就業規則の休職規定に基づき、Aさんに休職してもらうべきです。
休職させずそのまま働かせていると、Aさんの健康状態を無視して働かせた、として、Aさんの症状が悪化したときに損害賠償責任を問われかねません。

なお、就業規則に書いてあるとおりに、正式に休職手続をとるようにして下さい(休職命令を出す、等)。

2 いきなり解雇はまずい
会社としては、メンタル不調が続くAさんに退職してもらいたいと考えるかもしれません。
しかし、メンタル不調を理由として、休職させずにいきなり解雇するのはとても難しいです。

いきなりの解雇を有効とした裁判例が1、2件見られますが、一般的には解雇無効になる可能性が高いと多数の実務書籍には書かれていますので、解雇は控えた方がよろしいでしょう。
休職規定には、一定期間経過後に自然退職となる旨の規定がありますので、この自然退職を目指すのが良いです。

3 どのタイミングで復職を認めるか
休職中のAさんが、もう体調が良くなったので、復職したいと希望したとき、どうしたら良いでしょうか。
本人が、もう大丈夫!と言っていても、実際には体調不良で就労に堪えないということはよくあります。
なので、復職が可能な状態になっているのか、主治医への面談や産業医への診察をさせた上で、判断しましょう。

その際、重要なのは、以前の仕事ができるほどに回復しているのか、という視点です。
以前の仕事はできない※、が、ごく軽易な作業ならできる、という場合は、まだ復職が可能とはいえませんから、休職を解くべきではないことになります。

※全く同じ仕事ができないといけないわけではなく、その従業員が配置される可能性のある業務ができるかどうか、まで検討が必要と言われていますので、注意が必要です。

4 結論
メンタル不調の従業員は最近とても増えてきました。
このような従業員の対応方法は、大変複雑であるため、誤った対応をしてしまいがちです。専門家に相談しながら慎重に進めて頂きたいところです。

月刊東海財界2025年1月号掲載

パワーハラスメント対策では具体的に何をしたらよいですか?-2

当社は、従業員20名程度の会社ですが、当社のような中小企業でも、パワハラ防止対策を整えるよう法律で決められていると聴きました。当社では人手不足が慢性化しており、パワハラで従業員が退職すると困るので、積極的な対策をとっておきたいです。具体的に何をしたらいいか、教えて下さい(前回からの続き)。

1 令和4年4月1日からパワハラ防止措置が義務化
前回ご説明したとおり、令和4年4月1日から規模を問わず全企業にパワハラ防止措置が義務づけられました。前回、全10項目ある防止措置のうち、5項目まで説明したので、残り5項目を説明したいと思います。

2 パワハラ防止措置というけど、結局、何をしたらいいのか?
前回説明した5項目は、パワハラが起きる「前」に準備しておくべき措置でした。例えば、パワハラを許さないという方針を従業員に周知する、とか、相談窓口を設置しておく、等です。
今回は、パワハラが現実に起きてしまった後の措置です。発生後に迅速に措置すれば、従業員に対する強い抑止力となり、将来のパワハラを防げます。具体的には、以下のとおりです。

⑥パワハラが発生したら、迅速かつ正確に、事実確認を行う
パワハラの相談があった場合は、被害者や加害者からの聞き取り調査を行い、速やかに事実確認をして下さい。調査をせず放置すると、そのことを問題視されてしまいます。
なお、注意してほしいのは、調査に当たって、加害者や第三者に聞き取りをすることを被害者に了解を取っておくことです。被害者の中には、周囲にパワハラ被害を知られたくない方もいて、そのような気持ちは尊重する必要があります。

事実確認は、加害者と被害者との言い分の食い違いを確認し、客観的な証拠の有無・内容、証人の有無・供述内容などを踏まえ、慎重に進める必要があります。
このような事実確認は、素人の方にはとても難しいかもしれません。どうしても企業内でできない場合は、迷わず弁護士などの外部専門家に相談して頂きたいところです。

⑦当事者のプライバシーを保護する
相談時や聞き取り等において、被害者や加害者のプライバシーを保護するために、十分な注意を払います。
関係者の聴取内容を企業がみだりに外部に漏らさないのはもちろんですが、関係者自身にも口外をしないよう指示します。

⑧被害者への適切なフォローを行う
パワハラが認められたときは、被害者と加害者を引き離すために配置転換したり、加害者へ注意や指導を行ったり、加害者から被害者に謝罪させたり、被害者へのフォローを行う等、適切なフォローを行って下さい。

⑨必要に応じて加害者に対する懲戒処分等を行う
パワハラが認められたときに加害者に何らの措置もとらなければ、加害者や周囲の人間が、会社の態度を見透かし、パワハラの再発が防げません。
よって、事実が認められた場合は、過去の例を踏まえつつ、厳正に懲戒処分を行うなど適切な対応をして下さい。

⑩再発防止のための対策を行う
個別の当事者への指導・懲罰だけではなく、パワハラの原因を探り、それを社内研修などで共有し(但し、プライバシーには配慮して下さい。)、再発防止に向けた対策をとって下さい。

以上、全10項目を説明しましたが、⑥以外はそこまで難しくはありません。できる限り積極的に措置を導入されますよう、読者の皆様もご検討になって下さい。

月刊東海財界2024年8月号掲載

パワハラについてわかりやすく教えてください

最近、何かと「パワハラではないか?」と問われることが増えてきました
管理職も、部下を指導するときに「パワハラに当たらないか?」と萎縮してしまい、指導に及び腰になるなど、社内で混乱が生じています。
パワハラを分かりやすく教えて頂けませんか?

1 パワハラの定義
パワーハラスメントという言葉は昨今よく耳にします。しかし、その中身を正確に知っている方は少ないです。

パワハラの定義は、改正労働施策総合推進法第30条の2第1項にあります。規定によりますと、①優越的な関係を背景とした言動であって、②業務上必要かつ相当な範囲を超えたものであり、③労働者の就業環境が害されるもの(身体的若しくは精神的な苦痛を与えること)、という3要件から成ります。裁判例でも、これと同じ定義をしている例が多いです。

さて、「①優越的な関係」とは、職場の上司や、同僚・部下でも知識・経験が豊富で協力を得られないと支障のある等抵抗・拒絶しにくい者との関係を指します。
「②業務上必要かつ相当な範囲を超えた」というのは、業務上明らかに必要性がなかったり、業務目的を大きく逸脱していたり、業務遂行の手段として不適当であるような言動が当たります。
「③労働者の就業環境が害される」というのは、当該言動により労働者が身体的・精神的苦痛を受け、就業環境が不快なものとなり、能力発揮に重大な悪影響を受ける場合が当たります。

以上、ざっくり言うとパワハラとは、優位にある者から、業務の適正範囲を超えた、労働意欲を削ぐ身体的・精神的攻撃を受けること、と理解すればよいと思います。

2 何がパワハラに当たるのか(具体例)
以上のように法律・裁判例ではパワハラが定義されていますが、いかなる行為がパワハラに該当すると言われているのでしょうか

一般的には、①身体的な攻撃(暴行・傷害)、②精神的な攻撃(脅迫、名誉毀損、侮辱、ひどい暴言)が挙げられます。
さらに、③隔離、仲間外し、無視などの「人間関係からの切り離し」、④業務上明らかに不要なことや不可能なことの強制などの「過大な要求」、逆に、⑤程度の低い仕事を命じたり仕事を与えないなどの「過小な要求」、⑥私的なことに過度に立ち入ることもパワハラに当たります。

これらがパワハラに該当するのは、業務上の必要性がないか、必要性があったとしても相当性を欠く行き過ぎた行為と評価できるからです。

3 平常から注意すること
身体的な攻撃がパワハラに当たることは誰でも分かることだと思います。
難しいのは、言葉や態度による精神的な攻撃です。
その言動が、業務目的で必要性があり業務目的のため相当な範囲であれば、パワハラには当たりませんから(1の②の要件)、ご自分や部下の言動が、業務目的のために必要か、その目的を達成するために穏当な内容となっているか、を日常的に意識するようにしてください。
そうすればパワハラだと批判を受けることもないはずです。

月刊東海財界2024年6月号掲載

優秀な人材になるべく退職させないための制度の良し悪しについて

当社では、優秀な人材を確保し、なるべく退職しないようにするため、色々な制度を検討しております。例えば、
①海外(国内)留学費用を当社が立て替え、留学後一定期間当社に勤めたら、留学費用を免除するという制度、
②賞与の支給の際に、支給日から3か月以内に退職する予定がないことを支給の条件とする制度、
③入社時にまとまった金額を支払い、一定期間内に退職しなければ返還を求めない制度、などです。
制度に問題がないか、問題があるとしたら解消策が無いか、教えて下さい。

1 退職の自由を奪うのは問題です
人材を確保するため、各社では様々な従業員の引き留め策が検討されています。
ですが、労働者の退職の自由を奪うような制度は、労働基準法16条の趣旨から無効となる可能性があります。

労働基準法16条は、「使用者は、労働契約の不履行について、違約金を定め、または損害賠償額を予定する契約をしてはならない。」と規定されており、金銭によって労働者の退職の自由を実質的に制限する足止め策を禁止する趣旨の条文です。

このように、労働者に先行して経済的利益を与え、約束の期間働かないと利益の返還を求める制度は、労働者の退職の自由を奪うので、労働基準法16条に反し、無効になる可能性があるのです。

2 裁判例ではどうなっているか
裁判例を見ると、①(留学制度)③(入社時支給)の制度について、労基法16条に反して無効としている例が多数あります
他方、少数ですが、退職の自由を不当に制限しないとして、労基法16条に反しないとしている裁判例もあります。

労基法16条に反しないとされた事案では、㋐留学・研修に行くことが労働者の自由な意思に委ねられている、㋑留学・研修内容が会社業務と関連性が無い、㋒労働者個人にとっての有用性がある、㋓会社に拘束される期間が短い、㋔返還金額が小さい、等の事情から、退職の自由を不当に制限するものではないとされています。

3 問題点を解消するために
労基法16条に反しないとされた裁判例を踏まえ、問題点を解消する方法を考えてみます。
まず、どの制度であれ、㋐応募が労働者本人の自発に委ねられている、㋑会社業務と関連のない内容の選択が許されている、㋒労働者の汎用的な技能の向上につながる、㋓長期の在籍を求めない、㋔費用の一部返還に止める、等の考慮がされたら、労基法16条違反のおそれは減るでしょう。

ただ、②(賞与返還)のように、賞与を受け取った労働者がその後3か月間退職できなくなるような制度は、労基法16条の趣旨に反し、有効とする余地は無いと思われます。
また、③(入社時支給金)は、各種文献を見ても、有効としている裁判例が見当たりませんでした。よって、上記のような考慮があっても無効となる可能性が高いです。

以上、先に労働者に利益を与えて退職を回避するのは大変難しい、ということをご理解頂きたいです。

月刊東海財界2024年5月号掲載

パートタイム労働者などの待遇が正社員より悪い場合、働き方改革に関連してどのような対策が必要ですか?

私は機械製造会社の総務部長をしており、労務全般を担当しています。

当社にはパートタイム労働者、有期雇用労働者、派遣労働者がいますが、正社員より低いと思われる待遇をしています。
働き方改革関連法が話題ですが、どのような対策が必要ですか。

2020年4月1日に同一労働同一賃金が実施されますが、同一企業等で働く正規雇用労働者と非正規雇用労働者(有期雇用労働者、パートタイム労働者、派遣労働者)との間における、不合理な待遇差別の解消を目指すこととされています。

厚労省の説明によると、我が国は「少子高齢化に伴う生産年齢人口の減少」「育児や介護との両立など、働く方のニーズの多様化」などの状況に直面し、就業機会の拡大や意欲・能力を発揮できる環境を作ることが重要課題になっており、そのためには働き方改革が必要である、と言っています。

その実現のために、働き方改革関連法が制定されましたが、その中でも、パートタイム労働法、労働契約法、労働者派遣法の改正は重要です。この改正の目的は、雇用形態にかかわらない公正な待遇の確保にあります。

改正のポイントは次の通りです。

①不合理な待遇差を解消するための規定を整備
短時間・有期雇用労働者に関する、同一企業内における正規雇用労働者との不合理な待遇の禁止に関し、個々の待遇ごとに、その待遇の性質・目的に照らして、適切と認められる事情を考慮して判断されるべき旨を明確化。

また、有期雇用労働者について、正規雇用労働者と、職務内容、職務内容・配置の変更範囲が同一である場合の、均等待遇の確保を義務化しました。
派遣労働者について、派遣先の労働者との均等・均衡待遇、一定の要件(同種業務の一般の労働者の平均的な賃金と、同等以上の賃金であること)を満たす労使協定による待遇の、いずれかを確保することを義務化しました。

②労働者に対する待遇に関する説明義務を強化
短時間労働者・有期雇用労働者・派遣労働者について、正規雇用労働者との間で、待遇に差があった場合、その内容・理由につき説明しなければなりません。

③行政による、履行確保措置や、裁判外紛争解決手続の整備
この点に関連して、平成30年の最高判例(ハマキョウレックス事件)を紹介します。

正社員(トラック運転手)には支給されている手当が、有期雇用社員に対しては支給されていないことが不合理で、労働契約法20条に違反するとして、会社を相手に争った事件です。最高裁は、個々の手当ごとに、支払う趣旨を個別に整理し、通勤手当、無事故手当、作業手当、給食手当、皆勤手当については、支給・不支給の差異を設けることは不合理とし、住宅手当については不合理ではないと判断しました。

会社としてもきめ細かい対応が必要となります。

月刊東海財界2019年9月号掲載

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